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日記三昧

 ”ブログ”を更新していると思う。”ブログ”って何?ただの日記なの?考察、批判、散文、随筆、エッセイ、自伝、叙事詩。。。折角なので日記と古典文学の源流を辿ってみよう※引用:古典文学一覧

●712古事記 日本最古
●720日本書紀 舎人親王 日本初の勅撰史書
●913古今和歌集 紀貫之・紀友則など 日本初の勅撰和歌集
●920竹取物語 「かぐや姫」
●935土佐日記 紀貫之
 規範的な漢文表現から離れ、仮名散文を用いた。日記の嚆矢。その頃の土佐~京の55日間の旅を記す。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」。当時の男性は公的で漢文主体。自由な日記かきたかったんでしょうね。女性になりすまして、ちゃっかりこの冒頭分。ネカマかよ。
974蜻蛉日記 藤原道綱母
●1001枕草子 清少納言 ※日本三大随筆
 春は曙。やうやう白くなりゆく山際、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は夜。月の頃はさらなり、闇もなほ、螢飛びちがひたる。雨など降るも、をかし。秋は夕暮。夕日のさして山端いと近くなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び行くさへあはれなり。まして雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆる、いとをかし。日入りはてて、風の音、蟲の音など。いとあはれなり。冬はつとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜などのいと白きも、またさらでも いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、炭櫃・火桶の火も、白き灰がちになりぬるは わろし。

1001 源氏物語 紫式部 最高傑作
 光源氏の波瀾万丈の生涯を描いた大長編。主人公・光源氏の恋と栄華と苦悩の生涯。
1009和泉式部日記 和泉式部1009 和泉式部が10か月の恋愛を自ら振り返る
1010紫式部日記 紫式部
1060更級日記 菅原孝標女
●1212方丈記 鴨長明 ※日本三大随筆
 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。
1228歎異抄  浄土真宗の開祖・親鸞の「悪人正機説」の教え。
●1230平家物語 平清盛、平家の栄枯盛衰を描く軍記物語
 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し 猛き人もついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ。

●1330徒然草 卜部兼好=吉田兼好 ※日本三大随筆

つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

●1702 奥の細道 松尾芭蕉=ひっこし90回しました
 月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。 

叙事詩って何? 神や英雄を讃える。オデュッセイア、ラーマーヤナ、神曲、失楽園など

随筆とエッセイの違いは?引用:随筆とエッセイ---------
 ”随筆は、体験や出来事の感想を自由に描く。エッセイは、書き手の個人的な心の様子を描いたもの、告白をする。随筆はどこか男性的、エッセイはどこか女性的だ。毎日ブログを書いていても、「何を考えているのかわからない人。」と言われる。それは告白が苦手だからなんだろう。”


 ざくっと古典と定義だけ並べた。なんとなくわかったような気がする。実際に本を手に取るとき定義を考える人はいない。面白ければそれでいい。
 ところで最近、本屋にいって思うことがある。ノウハウ本「怒らない技術」、ビジネス本「ネットで儲ける」「漫画でわかる~~」なんて類が非常に多いなと。いや多すぎる。
 「とりあえず売れるやろ」って置いてないか?実際、数字は出てるんだろうな。だからといって、読むほうもサッと読んだら、はいメルカリ・ブックオフってのは味気ない。
 眠民打破みたいなもんで、あの手の本は飲んで数時間で効果がきれる。文章は平易で読みやすい反面、物足りない。
 だから、古典のリズム・表現・独特の漢字や動詞を見るとテンションがあがる。
月日は百代の過客にして」「つれづれなるままに」「ゆく河の流れ」
か っ こ よ す ぎ 。
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たまには心を1000年前に。

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